アメリカの相続税とは
米国では、亡くなった人(被相続人=デセデント/decedent)が有していた資産を、その死亡時点で定められた評価方法(時価)で計算し、その資産を他人に移転・承継させる「権利」を課税対象とする制度が、いわゆる「相続税(estate tax)」です。
正確には、米国の連邦税法上、被相続人の死亡時点における「総遺産(gross estate)」を算定し、そのうち控除後の「課税遺産(taxable estate)」に対して税率を適用する形をとります。
また、生前贈与(gift)税と一体化されており、被相続人が死亡前に行った贈与・死後の移転を含め、「贈与+相続」のトータルで課税枠を共有する制度となっています。
この制度は、連邦政府の制度であり、州(state)によっては別の相続税(estate tax)または受贈者課税型の相続税(inheritance tax)を課すところもあります。
相続税制度の目的・意義としては、富裕層の資産移転に伴う税制上の優遇を是正し、累積的な富の世代間移動を抑制する役割があるとされます。
ただし、その負担対象は実質的に非常に富裕な遺産に限られており、一般の相続では該当しない例がほとんどです。
アメリカの相続税の適用対象と基本構造
①アメリカの相続税の適用対象(誰が課税されるのか)
連邦相続税(federal estate tax)は、基本的に以下のような対象に課せられます。
被相続人が米国市民(U.S. citizen)または米国居住者(U.S. resident)である場合、世界中の資産(worldwide assets)が課税対象となり得ます。
被相続人が米国市民・居住者でない(いわゆる非居住・非市民)場合でも、米国にある「米国所在(U.S. situs)」資産(例えば米国不動産、外国人が米国に所有する株式等)が一定額以上あれば、課税対象となる可能性があります。
各州においても「州相続税(state estate tax)」「相続税(inheritance tax)」の適用対象が別途存在し、州税の課税基準・控除額等は連邦税とは別であるため、居住する州/資産所在州には注意が必要です。
②アメリカの相続税の課税構造(どう課税されるか)
課税の仕組みを整理すると、主に次の流れで進みます。
①総遺産(Gross Estate)の計算
→被相続人の死亡時点において所有していた資産(現金、不動産、株式・債券、保険契約、退職口座、車両、家具・家財など)および特定の持分・権利(例えば生前譲渡後も死亡直前に有していた生命保険契約の権利、信託での retained interest 等)を時価で算定します。
この「時価(fair‐market value)」は、被相続人が購入時の価格ではなく、死亡時の価値を用います。
②控除・免除を差し引いた課税遺産(Taxable Estate)の算定
総遺産から、特別控除(marital deduction=配偶者控除、charitable deduction=慈善寄付控除等)や、債務・葬儀費用・行政費用などを差し引いた後の額が課税対象となる「課税遺産」です。
③課税率の適用
課税遺産が、法定の免除(exemption)額を超えた部分に対して税率を適用します。連邦税では40 %が主な最高税率です。
④申告・納付
遺産を管理するエグゼキューター(Executor/相続人指定等)が、所定のフォーム(例:Form 706)を提出し、税額を納付します。
このように、相続税は「死亡時点での資産移転」に着目し、「贈与+相続」を含めた総合的な課税枠(Unified credit/Lifetime exemption)を用いて運用されています。
アメリカの相続税の免除額・税率・控除の現状(2020年代)
①アメリカの相続税の免除額(Exemption)
連邦相続税でまず注目すべきは、課税対象となるために「免除される額(つまり課税されない範囲)」が非常に大きい点です。例えば、2025年時点で、個人あたりの免除額(連邦税)がおおよそ US$13.99 million であるという報告があります。また、配偶者がいる場合、配偶者控除や「配偶者間免除(spousal transfer unlimited deduction)」を適用することで、実質的に世帯で倍額近くの免除が可能です。
将来の法改正の議論もありますが、現在の制度では、この免除額を下回る遺産については税負担が発生しないケースが多く、「ほとんどの相続では課税されない」状況です。
②税率(Rates)
連邦相続税の税率は、課税遺産のうち免除額を超えた部分に対して適用され、最高税率は 40 % とされています。
過去の税率表を見ますと、18 %~40 %の階段制という構造も参照できます。
③控除・特別措置(Deductions & Special Rules)
配偶者控除(marital deduction):配偶者に遺産を遺す場合、その分は相続税課税対象から除外される。このため、生存配偶者への移転は通常は非課税となります。
慈善寄付控除(charitable deduction):遺産のうち、認定された慈善団体に寄付された分は控除対象となり、相続税の課税ベースを下げることができます。
信託・生前贈与・世代スキップ課税(generation-skipping tax:GST)等、富裕層向けの節税対策・制度設計も多岐にわたっており、専門的なプランニングが行われています。
アメリカの相続税の被課税対象となる財産・評価方法・申告期限
①対象となる財産(What is included)
対象となる財産は幅広く、被相続人が死亡時に所有・権利を有していたもの、あるいは死亡直前に譲渡されたものなども含まれます。
(具体例)
不動産(米国内・国外、この点は居住者/非居住者で異なります)
株式・債券・その他金融資産
現金・預金・退職口座(401(k)、IRA等)
保険契約(被相続人が受取人・保険料負担者であった場合)
家財・車両・美術品・骨董品等の動産
信託・生前贈与・持分・死後権利等、法令上含まれる特定の持分・権利も対象になり得ます。
②評価方法(Valuation)
課税時点は被相続人の 死亡時(date of death) となり、その時点での「公正時価(fair market value)」が原則として用いられます。
資産の購入価格ではなく、死亡時点での価値であるため、時価上昇している資産の場合、潜在的な課税ベースが大きくなります。
③申告・期限・手続き
相続税申告書(Form 706)が使用され、被相続人の死亡後9か月以内に提出・納税が求められるのが一般的です(延長申請が可能なケースあり)。
米国歳入庁
また、資産を売却する際や米国所在資産がある非居住者の場合、相続税申告の義務がある場合があります。
州税・相続税・受贈者課税との違い
①州の相続税・受贈者課税(State estate & inheritance tax)
連邦税とは別に、米国各州(State)で「州相続税(state estate tax)」または「受贈者課税(inheritance tax)」を課すところがあります。
「受贈者課税(inheritance tax)」は、遺産を受け取る人が支払う税金であり、連邦レベルでは課税されていませんが、州の制度として存在します。
各州の免除額・税率・課税対象基準は州ごとに大きく異なります。例えば、免除額が非常に低めに設定されている州もあり、連邦免除額を下回っていても州税の対象となる可能性があります。
②州税・相続税・受贈者課税の違いの整理
連邦相続税(Federal estate tax):死亡した人の遺産全体を基に課税。遺産自体が課税主体。
州の相続税(State estate tax):州が課す相続税。連邦の課税基準とは別。
受贈者課税(Inheritance tax):遺産を受け取る者(相続人・受贈者)が支払う税。州によって課す。
→ 受贈者課税では、誰が受け取るか(相続人の親子関係や配偶者か否か)で税率・免除額が変わることがあります。
非居住者・外国人のアメリカ相続税(U.S. estate tax for non-residents/non-citizens)
日本在住・日本国籍の方、あるいは海外で資産を保有する米国非居住者の方にとって特に注意すべき点が「米国所在資産(U.S. situs property)」を通じて課税される可能性です。
非居住者・非米国市民(non-resident alien)であっても、米国にある所有資産(不動産、株式、米国口座、その他 “U.S. situs” 資産)が一定額を超えると、米国相続税の対象となる可能性があります。
例えば、カナダ居住者の場合の解説では、米国資産に対して課税される際、米国市民・居住者用の「統一控除(unified credit)」を按分(プロラタ)方式で適用できる場合があるという説明があります。
つまり、米国財産を所有している外国人(日本人も含む)は、死亡時に米国相続税申告の義務が生じる可能性があるため、あらかじめ“米国所在資産”があるかどうか/その価値がどのくらいか/減税・控除の適用可否を検討しておくことが重要です。
このため、国内(日本)に居住していても、米国に所有不動産や株式を持っている場合には、米国税務の観点から早めのリスク把握・プランニングが望まれます。
アメリカの相続税の計算例:概算フロー
具体例として、シンプルなモデルで連邦相続税の概算流れを見てみましょう。なお厳密な税額は個別状況で異なりますのでご参考としてご覧ください。
モデルケース:
被相続人 A が死亡時点で保有資産(時価)1,500万ドル(US$15 million)を有していたとします。配偶者 B が生存しており、かつ被相続人の遺産を全て配偶者に残す形とします。
総遺産(Gross Estate)= US$15,000,000
配偶者控除適用(配偶者に全額移転)→遺産が全て配偶者に渡るため、連邦相続税課税対象となる部分は配偶者控除後で US$0 という形が理論上可能です。
結果、連邦相続税負担が「0ドル」というケースが成立します(ただし州税・州制度・資産構成・控除等により異なります)。
このように、配偶者控除と高額な免除額があるため、多くのケースで連邦相続税の課税対象にならないという現実があります。
別のケースとして、被相続人 C が死亡時点で保有資産 US$20 million、配偶者控除を使わないか、配偶者がいないという状況を考えます。
総遺産= US$20,000,000
連邦の免除額(仮に US$13.99 million)を差し引くと、課税遺産 ≈ US$6.01 million
課税対象額に対し、最高税率 40 % が掛かるため、概算税額 ≈ US$2.404 million(ただし実際には段階税率・控除等を踏まえる必要あり)
こうした試算をもとに、相続税のインパクト把握が可能です。
アメリカの相続税制度の歴史的背景・制度趣旨
①歴史的変遷
米国における相続税制度は、1916年に現代型の「連邦相続税」が制定されました。
その後、税率・免除額・課税範囲がたびたび改正されており、2000年代以降は免除額の拡大・税率の調整が行われてきました。
近年では、免除額が大幅に引き上げられ、「課税対象となる遺産」が極めて富裕層に限定されるようになっています。
②制度趣旨・論点
相続税制度の大きな趣旨として、「累積富の世代間移転を抑制」「資産の増加が恒常的に税を免れないようにする(キャピタルゲインを免れることを防ぐ)」「公平な課税の観点から高額相続に対して課税負担を設ける」といった点が挙げられます。
対して、制度には「負担対象が少なく税収も少ない」「資産が流動性の低い不動産・事業等であると納税負担が厳しい」「富裕層による節税スキームが多様化している」といった批判・論点もあります。
③相続税を巡る最近の論点・法改正の動向
現在、免除額の引き上げや将来の法改正の議論が進んでおり、2025年以降にさらなる変更が予定されている点に注目されています。
また、富裕層の資産移転手法(信託、グラントアニュイティトラスト、世代スキップ信託など)が高度化しており、税務当局・立法当局ともにその対応を検討しています。
さらに、非居住者・米国外居住者の米国資産保有が増えているため、クロスボーダーの相続税プランニング・申告義務の履行が増えてきています。
アメリカの相続税の対策・プランニングのポイント
相続税を回避・最小化するための典型的なプランニング手法を整理します。もちろん、個別事情(居住地・資産構成・国籍・税条約など)によって適用可否・効果が異なりますので、専門家に確認することを強くお勧めします。
①生前贈与(Lifetime Gifts)
被相続人が生前に贈与を行うことで、相続時点での遺産総額を減らす手法です。贈与税・相続税が連動しており、贈与時点での税負担・将来の相続時点での課税ベース減少を比較検討する必要があります。
ただし、贈与が無税というわけではなく、年間贈与免除額、贈与税の適用、将来的な資産の成長分が依然として課税対象になる可能性もあります。
②信託(Trusts)活用
信託を設計して、死亡時の課税遺産から資産を切り離す手法が富裕層では一般的です。例えば、インタクション トラスト (Intentionally Defective Grantor Trust) 等。
信託の利用には、信託設計・運営コスト・税務リスク・将来の法改正リスクが伴うため慎重な検討が必要です。
③配偶者控除・共同所有資産の最適化
配偶者がいる場合、配偶者控除や共同所有資産の調整を行うことで、課税遺産を減らすことが可能です。
ただし、配偶者控除を使ったとしても、配偶者の死亡時に再度課税対象となる可能性があるため、二次対策(サバイバーシップ対策)も検討が必要です。
慈善寄付・非課税対象資産の活用
遺産の一部を慈善団体に寄付することで控除を受け、課税対象遺産額を下げる手法があります。
また、不動産・株式等の課税ベースが上昇している資産については、「ステップアップ・ベーシス(step-up in basis)」という概念も関係します(死亡時価で取得資産の取得価格(basis)が切り上がる)ので、贈与・相続のタイミング・手法を比較検討する価値があります。
非居住者・米国外資産保有者のための対策
米国資産を所有している日本在住の方などは、米国所在資産が一定額を超えると米国相続税申告義務が発生する可能性があるため、
①所有資産の所在・時価把握、
②米国での控除・条約適用可否、
③非課税となる範囲の確認・申告義務の有無、
④米国と日本の税務・遺産法制の関係(条約・二重課税回避)
等を早めに確認することが重要です。
事業用資産・不動産保有の注意点
事業持株、不動産、農地・林地など時価が変動しやすい資産を保有している場合、死亡時評価・流動性・納税資金の確保・売却タイミングなどを含むプランニングが必要です。
「死亡時に評価が上昇していた資産を売却できず納税資金が不足する」というキャッシュ・フロー問題も起こり得るため、保険(生命保険を遺産税支払い用に活用)や売却タイミング検討なども有効です。
★注意すべきリスク・課題
非流動資産(例えば不動産、美術品、未上場株式など)を多く保有していると、死亡時に評価を巡る争い・納税資金の確保難が生じる可能性があります。
法改正リスク:相続税制度は将来の立法・政策変更の対象となるため、現在有効な優遇や免除が将来も継続されるとは限りません。
国際資産を含む場合、米国・日本・その他国の税務・遺産法制が絡むため、税務・遺産・信託・外国資産・条約対応の総合的な検討が必要です。
税務当局の監査リスク、信託の運営コスト・管理義務、贈与後の資産価格上昇に対する課税回避策の見直しなどが挙げられます。
相続人・受贈者にとって、相続税負担を見込んでいなかったというケースもあり、事前のキャッシュ・フロー・資金確保・納税準備が重要です。
日本在住者/日本資産も絡む視点での補足
日本在住・日本国籍の方が、米国に資産を保有している場合、米国相続税のみならず、米国資産の評価・申告・納税義務発生の可能性があります。
日本国内においても、相続税・贈与税の制度がありますが、米国制度との併用・条約・二重課税回避・資産の所在国の税制が絡むため、米国・日本双方の専門家(米国税理士・米国弁護士・日本税理士・日本弁護士)による検討が望ましいです。
加えて、為替・資産評価・米国所在資産の売却計画・納税資金の準備も、日本円での換算・資金移動の観点から早めに検討すべきです。
例えば、米国所在不動産を所有している場合、死亡時に「米国相続税+州税(所在州)+日本国内の相続税・贈与税」の三重負担のリスクが理論上存在しますので、早期の対策(信託設計・贈与・保険活用・資産所在地の見直し等)が重要となります。
よくある質問(FAQ形式)
Q1. 「ほとんどの相続では課税されない」と聞きますが、本当でしょうか?
はい。連邦相続税においては免除額が非常に高いため、課税対象となるのはごく富裕な遺産に限られています。例えば「課税を受ける遺産が死亡者の1%未満である」といった報告があります。
Q2. 遺産を受け取った相続人が課税されるのですか?
いいえ。連邦相続税は「遺産自体(estate)」に課税されるもので、相続人個人がその遺産を受け取ったこと自体に課税されるわけではありません。ただし、州の受贈者課税(inheritance tax)の適用がある州では、受贈人が税を負担するケースがあります。
Q3. 日本人が米国の株式を持っていたら、相続税がかかりますか?
米国に所在する資産(米国株式、米国口座、米国不動産等)がある場合、米国の相続税の対象となる可能性があります。非米国居住者・非市民の場合、免除額が市民/居住者に比べて低く設定されているか、あるいは按分計算となる場合があります。
Q4. 日本にも相続税があるので、二重課税になりませんか?
日本にも相続税・贈与税がありますが、国際的な資産の移転・相続に関しては、日米間の租税条約・二重課税回避条項・控除制度等を確認する必要があります。米国で相続税を支払ったからといって、日本での相続税が自動的にゼロになるわけではありません。したがって、両国税務・遺産法制を含めたプランニングが必要です。
Q5. どんな資産を持っていたら相続税対策をしないとまずいですか?
例えば、
米国に大規模な不動産を所有している、
米国に居住・長期滞在しており世界資産が大きい、
米国以外にも海外資産がありグローバルに資産を保有している、
事業用不動産・株式・信託等複雑な資産構成を持っている、
といったケースでは、死亡時の課税リスク・納税資金の確保・評価争いの可能性が高くなります。早めの対策が望まれます。
まとめ
米国の連邦相続税制度は、死亡時点での資産移転(遺産)を対象とし、贈与+相続を統合した課税枠を持っています。
免除額が高く、実際に課税対象となるのは富裕層に限られています。
税率は高め(最高40 %)ですが、配偶者控除・慈善控除・信託・贈与といった対策が可能です。
非居住者・外国人が米国資産を持つ場合も、米国相続税の対象となり得るため、クロスボーダー対応・資産所在の把握が重要です。
州税制度・受贈者課税も存在し、州ごとのルールを無視すると思わぬ税負担が発生する可能性があります。
将来の法改正や資産構成の変動・資産評価の上昇等がリスク要因であるため、早めのプランニング・専門家への相談を行うようにしてください。

























