はじめに

イギリスにおける相続手続きは、日本の制度とは根本的に異なる「プロベート(Probate)」という仕組みを中心に動いています。

この記事では、現地の最新法改正(2026年施行の農業・事業資産免除の制限等)を踏まえ、手続きの流れ、税制、そして日本人が関わる際の注意点を網羅的に解説します。

イギリスの相続手続きの全体像:日本との決定的な違い

イギリス(イングランドおよびウェールズ)の相続手続きにおいて、まず理解すべきは「遺産は一度、人格を付与された『遺産財団』に集約される」という点です。

①日本の場合: 死亡と同時に相続人が遺産を承継し、相続人間で分割協議を行います。

②イギリスの場合: 遺言執行者(Executor)や遺産管理人(Administrator)が裁判所から権限を得て、一度すべての遺産を管理下に置きます。そこから税金や負債を支払い、「残り」を相続人に分配します。

この「裁判所から正式な権限を得る手続き」を総称してプロベート(Probate)と呼びます。

イギリスの相続手続き(プロベート)の5つのステップ

一般的な手続きの期間は6ヶ月から1年半、複雑なケースでは数年に及ぶこともあります。

ステップ1:遺産の調査と評価
亡くなった人の全資産(不動産、預貯金、株式、動産)を特定し、死亡時の時価(Fair Market Value)を算出します。

注意点: 2026年現在、海外資産(日本にある預金など)も被相続人の居住形態によってはイギリスの課税対象に含まれるため、正確な評価が必要です。

ステップ2:相続税(IHT)の申告と納税
イギリスの制度で最も特徴的なのが、**「プロベート(権限)を得る前に、先に税金を払わなければならない」**というルールです。

申告期限:死亡した月末から6ヶ月以内。

納税:原則として一括払い。ただし、不動産などは10年の分割払いが認められる場合もあります。

ステップ3:プロベートの申請と取得
裁判所(Probate Registry)に申請し、Grant of Probate(遺言がある場合)または Letters of Administration(遺言がない場合)を取得します。これがなければ、銀行口座の解約や不動産の売却は一切できません。

ステップ4:負債の清算
税金、葬儀費用、未払いの公共料金、ローンなどを遺産の中から支払います。

ステップ5:遺産の分配
すべての負債を払い終えた後、遺言(または法律)に従って相続人に財産を分配します。

 2026年最新版:イギリスの相続税(IHT)ルール

イギリスの相続税は、日本の累進課税とは異なり、**一律40%**という高い税率が特徴です。

基礎控除額(Nil-Rate Band)
£325,000(約6,500万円): この金額までは非課税。

居住用不動産控除(RNRB): 子供や孫に自宅を譲る場合、さらに**£175,000が加算され、最大£500,000**まで非課税となります。

配偶者間: 配偶者への相続は全額非課税で、未使用の控除枠は生存配偶者に引き継げます(夫婦合計で最大£1,000,000の非課税枠)。

【2026年4月からの重要変更】
2025年予算案により、2026年4月6日から以下の変更が適用されます:

農業・事業資産免除(APR/BPR)の制限: これまで100%免除だった農業用地や事業用資産に対し、100万ポンドを超える部分には実質20%の課税がなされるようになります。

年金の算入(2027年〜): 未使用の年金資産も相続税の対象に含まれる方針が示されています。

日本居住者が関わる際の「二重課税」と「法務」

日本人がイギリスの遺産を相続する場合、あるいはイギリス在住者が日本に資産を残して亡くなった場合、以下の問題が発生します。

1.外国税額控除

イギリスで40%の相続税を支払った場合、その分を日本の相続税から差し引くことができます。これを「外国税額控除」と呼びます。ただし、日英の税率差や算出方法の違いにより、完全に相殺できないケースも多いため注意が必要です。

2.書類の認証(アポスティーユ)

日本の戸籍謄本や印鑑証明書をイギリスの裁判所に提出する際は、単なる翻訳ではなく、外務省によるアポスティーユ(認証)が必要になるのが一般的です。

遺言がない場合(無遺言相続:Intestacy)

遺言がない場合、イングランド法に基づき以下の順位で分配されます。

配偶者: 最初の£322,000+家財一式+残りの半分の所有権。

子供: 配偶者が受け取った後の残りの半分を等分。

親・兄弟: 配偶者や子供がいない場合。

ポイント: 日本と異なり、兄弟姉妹が相続人になるのは、親や子供がいない場合に限られます。

イギリスの銀行口座や不動産といった、特定の資産に関する相続手続き(プロベート)の詳細を解説します。

イギリスの制度は「個別の資産ごとに手続きを行う」のではなく、**「まず全ての資産の管理権限(プロベート)を得てから、各機関に通知する」**という二段構えの手続きになります。

イギリスの銀行口座の相続手続き

イギリスの銀行には、大手だと以下のような銀行があります。

■ Lloyds Banking Group 系

Lloyds Bank(ロイズ銀行)

Halifax(ハリファックス銀行)

Bank of Scotland(スコットランド銀行)

■ NatWest Group 系

NatWest(ナットウェスト銀行)

Royal Bank of Scotland(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)

Ulster Bank(ウルスター銀行)

■ Barclays Group

Barclays(バークレイズ銀行)

■ HSBC Group

HSBC UK(HSBC銀行)

■ Santander UK

Santander UK(サンタンデール銀行)

上記のようなイギリスの銀行は、名義人が亡くなったことを知ると即座に口座を凍結します。

1.少額資産の場合(Small Estates)

残高が一定額(銀行によりますが通常£5,000〜£50,000程度)以下の場合、プロベート(裁判所の許可証)なしで、所定の宣誓書(Statutory Declaration)への署名のみで解約・払い戻しができる場合があります。

2.高額資産の場合(プロベートが必要)

死亡通知(Notification): 銀行の遺産管理部門(Bereavement Team)に死亡診断書を提出します。

残高証明の取得: 相続税申告のために、死亡時の正確な残高(利息含む)の証明書を発行してもらいます。

プロベートの提示: 裁判所から発行された「Grant of Probate(またはLetters of Administration)」の原本または認証コピーを銀行に提出します。

払い戻し: 遺言執行者名義の口座(Executor Account)に資金が移され、そこから負債の支払いや相続人への分配が行われます。

イギリスの不動産(Land and Property)の手続き

イギリスの不動産相続は非常に複雑で、通常は現地のソリシター(弁護士)を介して行います。

1.所有形態の確認

まず、不動産の所有形態が以下のどちらかを確認する必要があります。

Joint Tenants(合有): 生存者への帰属(Right of Survivorship)が適用されます。プロベートを経ることなく、生存している共同所有者が自動的に全所有権を引き継ぎます。

Tenants in Common(共有): 亡くなった人の持ち分は遺産財団に含まれます。これにはプロベートが必要です。

2.不動産の名義変更・売却の流れ

①評価(Valuation): 資格を持つ鑑定士(RICS登録鑑定士など)による、死亡時の市場価値の評価書を取得します(相続税申告に必須)。

②プロベートの取得: 不動産を売却または名義変更するためには、裁判所の許可証が不可欠です。

③登記(Assent): プロベート取得後、遺言執行者から相続人へ所有権を移転する「Assent」という書類を作成し、土地登記所(HM Land Registry)に申請します。

④売却(Sale): 遺産の中から税金を払うために不動産を売却する場合、遺言執行者が売主となって手続きを進めます。

イギリスの手続きに必要な重要書類(チェックリスト)

イギリスの機関(銀行・土地登記所)へ提出する際、日本の書類は以下のような手続きが必要です。

死亡診断書(Death Certificate):  イギリスで亡くなった場合は現地のもの。

日本で亡くなった場合は、戸籍謄本または死亡診断書の英訳+アポスティーユ(外務省認証)が必要です。

遺言書(Will): 原本を裁判所に提出します。

プロベート(Grant of Probate): これがイギリスにおける「最強の証明書」となります。

ID(本人確認書類): * 遺言執行者や相続人のパスポート、住所証明(英文の公共料金領収書など)。

日本居住者が注意すべき「時間とコスト」

1.相続手続き完了までの期間: 銀行口座一つ解約するのにも、プロベートの取得を含めると最短でも半年、不動産が絡むと1年〜2年はかかると見ておくべきです。

2.相続手続きにかかる費用: * プロベート申請手数料。

ソリシター(弁護士)費用:遺産総額の1%〜5%、または時間給。

3.不動産鑑定費用

空き家管理: イギリスの不動産を相続する場合、手続き中の空き家期間の保険(Unoccupied Property Insurance)の加入や、カウンシル・タックス(住民税的なもの)の免除申請なども必要になります。

まとめ:スムーズなイギリスの相続手続きのために

上記のように、イギリスの相続は、「先に納税」と「プロベート取得」という高いハードルがあります。特に日本に居住しながらイギリスの資産を管理する場合、現地のソリシター(事務弁護士)との連携は不可欠です。

ただ、より複雑なのは、日本の相続法や国際相続についての実務経験や知識のある専門家のサポートなくイギリスの銀行預金の相続手続きやイギリス不動産の相続手続きを行うことは極めて困難である、ということです。

当事務所は、10年以上にわたり、国際相続を専門とし、多数のイギリスの相続案件の実績のある事務所です。

イギリスの相続手続きでお困りの方は、どうぞお気軽にご相談ください。